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古の口伝と共に峠を行く

丹波は山深い。

しかしこの山深い地には、太古の昔から人々の生き生きとした営みがあった。

そんな人たちが暮らす里と里を結ぶ峠道が残されている。

戦前までは、主要幹線道路だった。今は、その存在さえも忘れられている。

峠の頂上付近には、磐座があり、行者信仰の口伝があり、物語が残されている。

古代の私達のご先祖様は、岩、山、水、火、、、、生きとし生けるモノすべて森羅万象に神が宿ると信じ、自然と調和しながら幸せに助け合いながら生きていた。氣が遠くなるような長い長い時の中で峠道を舞台に数えきれない先祖様たちの喜怒哀楽に満ちた人生の綾織のような物語が幾重にも繰り広げられたのだろう。想いを馳せると、感謝で心が緩む。今生を精一杯生き、次の世代に命を繋いで下さったこと、そして命の灯火を受け取った私は今、令和の時代にこの日本に生きている。磐座信仰があった時代は遥か遠く一万年前まで遡るだろうか?私の心に内包されている命の灯火は、温め緩め癒し、そして力を与えてくれる。ちょっと大げさかもしれないけど「私は何のために生きる?」「今生、私は孫、小孫の世代に何が出来るだろうか?」昔、わたし=和多志 と書いたらしい。己の命の背後には数えきれない多くの先祖様の志があり、それを和する、調和させるのが己である。深い意味があったのだ。

わずか戦後75年で、私たちは本当に大切なモノが見えなくなってしまったのかもしれない。便利さ、合理性、効率化、今よりもっと良い生活を!今より高いステータスを!と TVや教育で「こうあるべき生活」を信じてひたすら求める生き方をしてしまった。

もう、いいよね。求める先は、自分の魂が求めていたものでなかった訳で。

一万年前から75年前、いや、明治維新前までの生きとし生けるモノすべて森羅万象に神が宿る日本の自然信仰に戻れば、全ての世界の問題は解決する!と和多志は峠で考えたよ。

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和木峠・大原峠

大原志(おはらざし) 
七つの峠を
​超えて来し

​by 澤田實男